2004年3月アーカイブ
現在兵庫県は明石に居ます。
明日四国いりする予定。
時間が押し押しで日記のアップの時間がなかなかとれませんが、
非常に濃ゆい旅となってます。
Tシャツも22枚ほど配りました。
各県の方々楽しい出会いをありがとう。お世話になりました。
先日は福井放送の夕方一番に飛び入りで出演しました。
琵琶湖の水も飲みました。
榛名山も攻めました。溝落とししました。
各県から必ず手紙も出しております。
各県の名物、名産。必ず鍋かフライパンにいれて食べています。
日テレ系テレビ局はすべてまわっております。
各地の名所でぼけましょうしています。
毎日筋トレしてます。
あ、皮パンフジテレビほんとにおめでとう。
コメントスパム排除しました。
というわけで元気です。
四万十まってろ!
来年から日テレに入る者として、
やはり日テレ系列の全国のテレビ局ぐらいまわっておくべきだということは
定かではないが、
ノリで7777の合間に各テレビ局をまわってみることにした。
地上波デジタル化を受け、
地方のテレビ局でも新しいアンテナを取り付けたりと、
いろいろあわただしい様子。
テレビのひとつの節目となる昨今、
思い出にちょうどいい企画かなと。
また、全国のテレビ局の場所とか外観とか知りたい人に
少しでも役立てばいいかな的な感じで。
まあ夜撮りとかもあるのであくまで参考程度にってことで。
以下現在まわったテレビ局(まわった順)
札幌テレビ放送(日テレ系列)札幌市中央区北一条西8−1−1
北海道放送(TBS系)札幌市中央区北一条西8−1−1
青森放送(日テレ系)青森市村松1−8−1
青森テレビ(TBS系)青森市村松1−4−8
秋田放送(日テレ系)秋田市山王7−9−42
テレビ岩手(日テレ系)盛岡市内丸2−10
岩手めんこいテレビ(フジ系)
宮城テレビ放送(日テレ系)仙台市宮城野区日の出町1−5−33
仙台放送(フジ系)仙台市太白区茂ヶ崎3−12−1
山形放送(日テレ系)山形市旅篭(はたご)町2−5 山形新聞放送会館
さくらんぼテレビジョン(フジ系)山形市落合町85
テレビ新潟放送網(日テレ系)新潟市新光町1−11
新潟総合テレビ(フジ系)新潟市上所1−1−31
福島中央テレビ(日テレ系)郡山市池の台13−23
福島テレビ(フジ系)福島市御山町2−5
とちぎテレビ(系列なし)宇都宮市昭和2−2−2
千葉テレビ放送(系列なし)千葉市中央区都町1−1−25
日本テレビ放送網 港区新橋1−6−1
テレビ東京 港区虎ノ門4−3−12
テレビ朝日 港区六本木6−9−1
東京放送 港区赤坂5−3−6
簡易テントなので5分もあれば間単に張れてしまう。雪上はさすがに冷える。
ご飯も食べて、いい気分で就寝。
だが、まさに底冷え。
毛布2枚では少しきつい。
夜半に何度か起きる。
ただ、体の疲れというものは正直なもので、
いつの間にか眠りに落ちていた。
明け方、突然の来訪に目を覚まされる。
「だめだよ、こんなところで寝ちゃ。」
おまわりさんだ。
「というか、死んでなくてよかった。
今日一日だけなら大目にみてあげるからね。」
大目に見てもらえた。
起きるといつものごとく足は動かない。
ストレッチして徐々にあたため、血を通わせる。
ふとそこで気づく。
らぶさんがいない。あせる。
あわてて軽トラ見に行くと、いた。
どうやら明け方の寒さに耐え切れず、軽トラにもどっていたらしい。
心配させやがって。
圧倒的だった男鹿半島を後に、らぶ団子は一路岩手を目指す。
途中地図を見てみると、目を引くものが。
”烏帽子岳乳頭山”。
ハラス君の骨折した指の愛称”烏帽子”と、とってもかわいい名前のお山に、
それはもう俺達一直線だった。運命を感じた。
雪道ももう慣れっこ。冬タイヤのミルク号には人肌の牛乳だ(なまぬるい)。
このときの寝る時はこんな感じ。この後スタイルが確立されていく。
六時半起床。朝の田沢湖はしんしんと。鏡面のような水面は支笏湖と対照的。
朝の田沢湖半をぽちぽち散歩して、
体もあったまったところでいざ烏帽子岳乳頭山へ。
除雪車もフル稼働。軽トラだと大きい車とすれ違うのがちとひよる。
きたー!どうやら”にゅうとう”と読むらしい。温泉で有名だったよう。
せっかくなので温泉にはいっていくことにした。
ただ、時間は朝の七時半。
この時間からやってる温泉はあるのか。
温泉宿などをたずねてみると、
一番奥の”孫六温泉”というところがやっているらしいという情報を手に入れる。
まあいってみよう。
男鹿半島といい、乳頭山といい、秋田は魅力的な場所が多いが、
ちょっとなめてた。
橋とかこんななってんだもん。もはやテンションの勝負。ノリでのりこえる。
乳頭山とのコラボレーションにより誕生した変顔。鼻が肥大している。
温泉だ!これは秘湯といっていいんじゃなかろうか。天窓から雪がはらはらと降る。
熱めの温泉だったが、冷え切った体にはちょうどよかった。
先にはいっていたおじさん三人と裸の付き合い。
だがこんな山奥で、服も着てない動物とおんなじみたいな時に、
年下の俺達に妙に気を使って敬語とか使われるのはない。
もっと、やれ「お前のは小さいな」とかそんな感じでいいのにな。
俺もおじさんになったら気をつけよう。
孫六温泉から車への帰り道。ものの1〜2分でタオルは剣になる。
俺のが固いとか口論になったので、たたいてみた。彼は負けを認める。
ぽかぽかになって、孫六温泉を後にし、岩手を目指そうとした時、
そうそれは、Tターンするためにバックをしていた時だった。
「バキ!」「ドス」
サイドミラーを雪の壁にあてて折れた。へこむらぶさん。曰く「やらかいと思った」
なんかね、いやな予感は二人ともしてたんだよ。
いや、このことじゃなくて、この後なんかおきるんじゃないかなと。
不思議なことに、思ってるとおきるもんだよね。
らぶさん「やばい、やばい、やばいやばいやばい・・・」「どーーーん」
以下、後ろを走っていた運転手のコメント。
「いやー俺びっくりしたよ。いきなり軽トラが飛んだんだもん」(実話)
どうやらとんだらしい。
ゆるい坂道を走行中、スリップして舵を失い、
対向車をさけるためにミルク号は側面の壁に激突しふっとび横転。
幸いにも無傷。ミルク号は側面がややへこんだだけですんだ。
きがつくと、俺はシートベルトによって浮いていた。
下にはらぶさんがいる。
「団子さん大丈夫?」
「ああ、浮いてるけど。らぶさんは?」
「下にいるけど大丈夫。」
遠くから声がする。
「大丈夫ですかー」
周辺の車のドライバーさんたちが助けに来てくれた。
空側のドアから脱出し、
みなさんに軽トラを起こしてもらう。
秋田県にミルク号でつっこみをかます。芸人だったらこれほど冥利に尽きるものはないだろう。
落馬した騎手は、その後馬が怖くならないように、
すぐに馬に乗るという話を昔友人の亀井君に聞いたことがある。
あえて、ここは交代せずにらぶさん運転で岩手へ。
類をみない安全運転で、後ろに渋滞を作りながらも無事岩手侵入。
岩手は秋田を越える雪。
30km走行を余儀なくされる。
盛岡市をぬけ、河童の町遠野へ。
ここで俺達は現代の河童に遭遇することになる。
道の駅で地図を確認しにいくと、
目の前をつまさきのさきで走る少年が。
目を疑った。
たつのもままならない姿勢で、恐ろしいスピードで駆け回っている。
しこたま笑った。ビデオでとっているので後でアップします。
これはもうTシャツをあげようということで、彼にあげることにした。
とてもかわいい現代の河童、今野しょうた君。10年後の君に会いたい。
遠野市から塩釜を抜け、三陸へ。
夜なのでリアス式はよくわからないので、ここで寝ることに。
その前に、塩釜の魚屋で買った毛蟹(一杯680円)などの魚介類で
三陸リアス式鍋を食べる。
んまーい。塩釜函館より蟹が安い。一日一食は食べ物が大事に感じてよい。
次は三陸を通って宮城にいく。
今のところ、
北海道一位:青空のママさん
青森一位:村上君江さん
秋田一位:藤平もとこさん
岩手一位:今野しょうた君
宮城一位:見附守さん
山形一位:宮田たけひろ君
新潟一位:坂田まゆみさん
福島一位:関根由美子さん
栃木一位:栃木太郎君
茨城一位:原沢君の友達(とも君教えて)
千葉一位:原沢朋之君
にTシャツを渡してきました。名前は長期記憶に入れております。
みなさんいろいろお世話になりました。
ミルク号を牛乳屋と間違えた方残念でした。牛乳は売ってません。
旅先で時間がなかったため、書いていない日記に関しては今日明日アップします。
お楽しみに。
現在の走行距離約4600km。
旅をした都道府県、十一。
まわったテレビ局、十八。
日本せまいとか言うけど実際は結構広いぞ。
メンバーの剛さんが00なので、
BUZZDUCKで参加しました。
うちらの代の一個うえなんだけど、
普段はあまり見ない顔ばかりなので、
とても懐かしかった。
んでやっぱり00の歌はうまかった。
通りがかりで雅彦さんもきいてた。
満足したことでしょう。
the real groupのWe´re fiveって曲があって、(HPから試聴可)
それを日本空というバンドが歌うのだけれども、
毎回ながら鳥肌が立つ。
これも最後になるのかと、感慨深げに聴いていました。
最後にいつもながらのジョイフルジョイフルをみんなで合唱。
かといちさんの顔を見てたらなんか涙ぐんでしまった。
一年の時の合宿で、流しにつまったゲロを笑いながら片付けてる姿を思い出し。
あーかといちさんもいなくなるんだと。
旅の途中で立ち寄って、なんともいえない気分になった。
ゆーすけべー日記みてたらゆっけさんとってる。
ほかにも浜田さんが少林寺で。
そして戦日のグルワでいっしょだったみっちーも。
嚢中の錐という言葉もあって、
人間的に面白い人達はどこでもめきめき頭角をあらわしていく。
かっこええ。
旅先からですがおめでとう!
三月五日 青森→秋田→岩手手前
日本一の大銀杏の下で六時半目覚める。
筋トレ。腕立て、腹筋、背筋セット。
あんまりお風呂にはいってなかったので、
朝一番で黄金崎不老不死温泉に直行。
この温泉海までの距離が0mの露天風呂があって、
日本海の荒波というダイナミックな景色を見ながら、温泉にはいることができる。
露天から上がり、湯冷まししていると、
奥からおばちゃんが登場。トークタイム。
いろいろ話すとまだあいてないにもかかわらず、茶店を開け、
お茶をいただく。また地図などもろもろセットでいただく。
村上君江さんに感動。Tシャツをあげる。
車に乗って日本海側の秋田県を南下。
灌漑で有名な八郎潟に到着。
八郎潟の中できりたんぽなべをする。
潟内の郷土センターで白菜を購入。
こっちは生産者の名前と写真までついてて、野菜に思い入れがわく。
ただ、”王様はロバ”でもあったような、作り手に対して愛情がわいてしまいそうになる。
「このカブ作ってる人かわいい。ちょっと高いけどこっちにしよう。」とか。
でも俺達は一日千円なので問答無用で最安をGET。プラス卵も購入。
お肉はここには売ってないらしく、近くのスーパーを教えてもらう。
そこで、ホルモンと手羽先としょうゆ、きりたんぽを購入。
計1579円。今日はこれで買い物終わり。
郷土センターに戻って、センター内で鍋を作る。
その前に買ったきりたんぽで、
八郎潟できりたんぽでぼけましょうIN秋田
どうしてもらぶさんがシモに走って困った。録画してあるので帰ってからアップします。
鍋をしていると掃除のおばちゃんが中から出てくる。
きりたんぽ予想通りのアジ
藤平さんに感動
おなかも膨れたら、男鹿半島へ。
日本地図でぽこっと出てるあの男鹿半島へぜひいってみたかった。
男鹿はなまはげの発祥地として有名。
男鹿半島北端の入道先で、
ひとりが悪い子、ひとりがなまはげのなまはげごっこをする。
どちらもなまはげやりたいので交代で。
入道先からの景色はこの旅一番の景色。
日本海に沈んでいく夕日が神々しさ漂わせていた。
その後、男鹿半島最北にどっちがいけるかで勝負。
崖を下って、岩場を越えてぎりぎりまで攻める。
らぶさん波にのまれる。ぴいぴい叫ぶ。
突然ですが、今トラックの中で日記を書いてます。
まさに今らぶさんが事故りました。
雪で滑り、軽トラ一回転、歩道にささる。
周りのドライバーに助けられる。ありがとう。
では再開。
帰りは角度60度以上の7〜8mの崖を調子に乗って上る。
が、ここでこのたび一番の命の危険にさらされる。
海岸線からの突風と、積もった雪、もろい岩盤で、
5m上ったくらいから指の感覚が全くなくなる。
落ちたら命の危険をひどく感じたので、
手は捨てて、スピード重視で駆け上っていった。
そのとき、雪に滑って両手両足が離れかける。
と、左手の中指いっぽんで岩につかまり体重を支えてる自分がいた。
火事場の馬鹿力を体感。その後颯爽と駆け上る。
らぶさんはまだ中腹で、全身を崖にすりつけてしがみついている。
応援のエールをする。
ラブさんも上にあがってきた。
お互いの生を実感し、抱きしめあって叫ぶ。「ほぉーーーー!」
手を見てみるとつめが割れていた。すごいなあ人間は。
生を見つめなおした男鹿を後にし、
秋田市の秋田放送と秋田テレビによりながら、田沢湖を目指した。
鉄腕のソーラーカーとかぶった不老不死温泉。
北海道→青森
長かった北海道も今日で最後。
九時半発のフェリーで函館から大間まで一時間四十分。
船内で北海道の思い出話と本州からの期待話に華をさかせる。
到着。やはりこっちも雪が多い。
漁船で働くおっちゃんに大間岬の場所を聞く。
生津軽弁に感動。意味はわからなかったが岬の場所はわかった。
アイスバーンにもだいぶ慣れて、十分ほどで着く。
大間岬は本州最北。下北半島のてっぺん。向こうに見えるは津軽海峡。
そこで、本州最北の大間岬でぼけましょうIN青森。
いかしたマグロいっぽんづりのモニュメントの前で。
コントじみたやつがお気に入り。録画してあるので帰ってからアップします。
本州最北のめしやで昼飯を食う。
ラーメンとうにラーメン。700円と900円。
一人一日食費1000円だが、
最北のめしやという肩書きには勝てなく食す。
小鉢の塩辛がうまし。
食ったところで、冬の恐山に向かう。
おしくも冬季通行止め。賽の河原にはいけず。
恐山をかわして太平洋側から陸奥湾をくるーとまわって青森市へ。
駅前の個人市場でりんご(ふじ)を四個三百円で購入。
青森放送株式会社RAB、青森テレビATVに行く。
コインランドリーで毛布を乾かしながら、雪りんごなべ。
きれいに積もっている雪をなべですくい、火にかけて溶かす。
二度ほど繰り返して湯を沸かす。
その中に洗った林檎を皮ご投入。
半生もシャリシャリ感があっていいが、
完ゆではアップルパイの中みたいで非常に美味。
林檎一個半でおなかが満腹になる。
五所川原→鯵の沢と黄金崎へと車を進める。
お宅訪問四軒。とめてくださーい。
「うちはそういうのだめだわ」
「あそこの向かいの家なら一人だから平気だと思うよ」
「・・・無言で奥へと帰っていく」
「この時間(十時半ころ)じゃあ不審に思われるよー」
あえなく断念。もう中学生のころのかわいさはなかった。
深浦の日本一の大銀杏の下で、軽トラックを止めて中で寝る。
きっちり十一時睡眠。
十度起きるが割りと快眠。
家賃がちょっとたまってますが。
朝から飛行機で羽田から新千歳へ。雪が懐かしい。
電車で三十分揺られて札幌到着。
駅から二十分歩いて、時計台を通り過ぎながら、
札幌テレビ放送STVに到着。
警備員のおじさんに写真をとってもらおうとするも、
「いやいや今私一人ですから」と断られる。
お仕事中申し訳ないことをした。
ちょっとまっていると、
なにやら中からカメラマンの人がカメラを置いて出てきて撮ってくれるとのこと。
さすが構図にこだわって、場所に注文をつけられる。
撮影後、警備員さんに頼まれたとのこと。ありがたや。
放送局は固まってることが多く、近くに北海道テレビ放送HBCがあった。
函館山にもアンテナがあったなあとしみじみとする。
こっちでも撮ってもらう。
その後NHKの横のバスターミナルから函館行きのバスに乗る。
車内は5割の乗車率。ゆとりを持って函館入り。
夜十時三十分到着。ラブさんと合流。
駅前の民宿青空へ。
ラブさんが今日誕生日なのと、民宿青空一周年記念ということで、
おいしいおいしいケーキをごちそうになる。
前にもいろいろお世話になったので、
北海道一位Tシャツをプレゼントする。
期待とは裏腹に「卑猥だねぇ」との意見をいただくこととなった。
その後小一時間話してフェリー乗り場へと向かう。
恐山行きたさから大間へ渡りたかったので、
朝九時半発の便までフェリー乗り場でおやすみなさい。
タイルの床だが、室内は暖かいので熟睡。
本日は国会見学とバラエティ番組見学等。
国会は小学校の修学旅行の時とお変わりない姿。
広大でしっとりとしていた。
見学後、政治部の記者を十数年続けておられる方のお話を聴く。
報道マンであるがゆえに、
悪い意味でいえば人を裏切らなければならないというジレンマの日々。
どんな仕事してても人間は人間。やっぱ人に嫌われんのは後味悪い。
一般人からしてみたら、
「なんでそんなとこまでカメラもってくんだよ失礼だろ。」
と思うことも、報道側から見てみれば、
この事実を伝えられるのは自身だけなのだから、
見た目悪いこともしなければならないのだよ。と。
いかす。
また編成部の方のお話も拝聴。
「日テレをどういう会社にしたい?」
との質問。
「おもしろいものをおもしろく作っておもしろがってもらうことができる会社」
というような返答をする。人生もかくありたい。
どうやら働いて最初のうちはよく蹴られるようだが、
これを根元に置いとけば、それもなんとかしのげるだろう。
しかし、テレビ局は熱い人が多い。
編成部の方も熱かった。熱い人はいい。
バラエティは午後は○○おもいっきりテレビと踊るさんま御殿を見学。
みのさんはイメージどおりの明るいさっぱりとしたおもしろいおじさん。
ひげをシェーバーで20分間剃り続ける様は男らしい。
おもいっきりテレビは生なので、
見学していたら、急遽研修生ということで紹介、放送された。
熱い。ばあちゃん見てますか?
なにやろう?
ふとポケットを見たら、マギー真司の”耳”が入っていたので、
タスクの振りもあってやってみると、みのさんが拾ってくれた。
みのさんありがとう。
スタッフの方テレホンカードありがとう。ばあちゃんにあげます。
あとありえないと思うが、
今日のおもいっきりテレビ録画してるひといたらゆずってくんろ。
とまあとても楽しい一日だった。
今日は徹夜で7777の残りのTシャツつくり。
明日朝一で北海道戻って旅の始まり。
日テレが麹町から汐留へ移動して正式稼動する日。
13時から汐留集合で、
放送の仕組み、スタジオ、調整室、報道フロアなどを見学。
夜は新橋で生中一杯とご飯。
はじめてスタジオ見学した。
THE WIDEの生放送で、テレビの裏側をじっくり見る。
スタジオの雰囲気、スタッフさんたちのあわただしく仕事する姿。
正直じんわりと感動した。
精一杯仕事している人たちは何やっててもかっこいい。
いかす。
