2004奥出研夏合宿を振り返る

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そこにいたる経緯をかくと。
チキンハンバーグを二日室内放置していたのを、
レンジ加熱、さらに焼いてパンにのせてチーズをかけてまた焼いたハンバーガー。
おいしかった。
けども、いただけなかった。
四時間後、近来まれに見る吐き気に見舞われる。
迫り来る頭痛。そして下痢、げっぷ。お熱。
恥骨ちゃん曰く「団子さん顔が青いのに(鳥取弁、青いよの意)。」
家に早々に帰り、メールチェックをして寝ようとしていたら、
窓をたたく奴が。
その後はこんな感じだった
その後リングルアイビーと正露丸を服用して、
寝てる間に吐かないこと、チキンハンバーグが嫌いにならないことを願って床につく。
朝起きても体調は変わらず。
ここで病院か合宿か二者択一に迫られる。
まあでも昨日よりか悪化してないから治っていくんじゃないかと思い、
仕度をして家をでたら、玄関があら大変。
体調悪くて余裕がなかったのでキレそうになったが、
とりあえず写真はとっといた。
自分のそういうところが結構好きだったりする。
そんでともゆきに電話をかけて今日中に片付ける約束をさせた。


卒業制作組なので、本来は二泊三日の合宿なのだけれども、
去年と全く成長が見られない俺は、また前日入りした。
今年は不幸なことに、ヘビーユースに耐え切れなかったマジェスティが、
後輪の磨耗、電気系統トラブル、ブレーキ系統トラブルの三重苦のため、修理に。
そのため、ゆっけスターレットにのっけてってもらった。
合宿場所となる土善旅館に到着三時間前に電話し、
一名追加宿泊を予約→快く快諾→七人部屋を一人で使えることに。
道中で、去年のすし屋がつぶれてたのには納得がいった。
すし屋に猫はだめだよ。

土善旅館について、院生組が輪読をしている間は部屋で明日の発表資料制作とロゴ制作。
体調はかなり回復。
食中りだと思ったけど、風邪だったのかも知れない。
ただ、20分おきくらいにでるげっぷがチキンハンバーグを思い出させる。
ノートに冷蔵庫と何度も書いた。
二時間ほどして、夕飯を休憩がはいった院生組とともに食べる。
その後五時間ほどかけて本を読んで、院生組の様子を見に行くと、
まだやってた。時間は24時付近。
五時間休憩なしにぶっつづけでやってたらしい。
先生、院生組タフだ。
「タフメン」と小声で言い残して去った。
そんぐらいしか浮かばなかったし、別に浮かばなくてもいいなと思った。

翌六時くらいにロゴ、発表資料ともにほぼできあがる。
二時間寝て、朝食。体調はほぼ普段道理に。
正露丸は買いの部類に入る商品だな。
輪読会には出ずに、飯時だけ顔を出すので飯キャラ扱いを受ける。
飯キャラはさすがにご飯を残せない、
ふりかけは買いの部類に入る商品だと思った。

昼に卒業制作組、学部生と合流。
100冊コンプ工房開始。
今までの奥出研の輪読とは違って、
一冊を一人で、個人の興味にひきつけて、自身が重要とおもったところを伝える形。
本の全体を知ることはできないけども、
発表はかなり有用なものだった。

夕方からモノつくりワークショップ。
今まで組んで見たかった、はたやん、さとると組めてうれしい。
はたやんカーで銚子の海岸まででかけて、アイデアだし、コンセプトきめ。
その後このチームがもったいない気がして簡単にコンセプトが固まるのを嫌って、
ごねてみた。悪いことをしたと今は思う。
ペーパープロトを作って、深夜二時終了。
あろうことか終わってからそんな時間に銚子に寿司を食いにゆっけと出かける。
湘南台には早朝四時くらいまでやっている寿司屋さんがある。
まあ9割がたやってないと思いながら、
今寝たらどんなに気持ちいいだろうとも思いながら、
笹川から銚子までネオンをさまよう羽虫のように灯りを見つけたら寄るという形で、
すし屋を探した。
何度かラブホみたいなところにもだまされた。
銚子港まで行くも結局すし屋はなく、車中で仮眠。
「朝起きたらすし屋があくかもしれない」
もしあかなかったら「パフェ食ってかえるものいいな」
そんな会話を最後に意識が途切れる。
朝起きると、二人はただ合宿所を目指した。
最終日に食いにいけばいいからね。

朝食後、モックアップ制作、ぶつ撮り、ムービー制作。
プレゼンではちゃんとやりましたけども、
ウケ狙いのムービーで案の定オーディエンス、テクニカルポイント満点。
プロフェッサーポイントは最下位。
奥出先生はさすがにきちんと見てくれている。
このときアイデア、コンセプト、デザインが甘かった。
うちのチームがやったのは、
ししおどしをメタファー(もろだったけども)にして、
グループ内でのキーボード捜査を監視して、
打たれたキーが水のようにししおどしに流れ込む。
打たれたキーの総計が100字に達すると、
ししおどし稼動。
100字内で頻度が最も多い単語が、
コーンという音とともにししおどしから排出されるというもの。
グループミーティングの支援ツールとして考えた。

夕食後、デモ用に電子工作講座。
グルーガンが気に入る。
プラスチックを粘着液に変えてつくる弾、その弾はガンのくせにとばないところ、いいね。
これで水鉄砲なみに飛んだら、えらいやないたずら道具。

宴会。あまりこういう大人数での宴会は気を使うから好きじゃない。
気を使うわりには表面的な仲にしかならないし。
だから少人数での宴会が好きだ。
というわけで隅っこの方で少人数でおもしろいことをやって、
少しずつ人を引き寄せる作戦をした。
ゆっけ、あまや、俺の三人でモノマネ神輿を行う。
下の二人が神輿の担ぎ手、上の一人がモノマネをしてお祭り気分。
橋本、スマキの二人がつれた。
その後宴会場で何個かできた輪に分散し、
菓子などくすねて再集結。
それをぶつ撮り。きれいに撮れた。
だんだん飽きてきたので、普通に輪に入って飲みだす。
でもなんかもりあがりにかけるので、
ガチンコ相撲を提案。皆承諾。
各自思い思いのまわしをまとい。団体戦対決。
少林寺憲法師範代が普通のバスケットサークルに負けるという大番狂わせなど、
名勝負が繰り広げられた。
わりとおもしろかった。

宴会を抜けて個室でバンド練習。
散会したあと宴会場にもどり、でかめに練習。
そうこうするうちに深夜二時半。
すると結構な人が宴会場に集まってきた。
リハーサルという名目で三曲披露。

Last One Mile Carnival
もう一度インテグしたかった
DNPサディスティック

ライブって楽しいなぁ。
もう一度インテグしたかったは奥出研の誰もに、笑いと涙をさそった。

その後「お笑いストラックアウト」を行う。
ストラックアウトのお笑い版で、
的役の観客が水を口に含む。
ピッチャー役の演者が笑わせる的役を指定して、
水をふかせる。
宣言どおりぬけたら2点、他の的がふいたら1点。
もう三時前。でも20人くらいいる。
二年目の企画はだんだんと成長している。

「ただ至福だった。」

翌日プロジェクトの審査結果発表。
8チーム中6位の結果。
ちょっと残念だけれども、チームのみなさまがよく盛り返してくれました。
お寝坊。ご迷惑をおかけしました。
そんな感じの合宿でした。

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このページは、kamadangoが2004年9月22日 07:31に書いたブログ記事です。

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