2005年1月アーカイブ
サーバーも変わるし、ちょうどいい機会なので、
この鎌団子のお笑い日記は廃止にします。
社会人仕様で2月、3月あたりから新しい日記を書こうと思ってます。
というわけでまたねー。
脇田先生もかかったノロウイルス。
実は俺もあぶなかった。
ニュースになってました。
東京エリアの弁当がやばかったみたいで、担当の戸塚中継所はもろバインゴでしたが、
この時期の弁当はいつ作ってるかわからないので、
あたりやすいから、生ものは避けたほうがいいという助言をディレクターさんからいただき、
米ばかりくっていたのでかわしました。
鶴見中継所の木村君が体調をくずし、日テレの診療所にいったんだけども、
今は回復しているようでよかった。
13木 英語1g合同勉強会
14金 英語1gテスト
17月 ヒューマンキャピタル論最終レポ〆&クイズ
18火 英語最終レポ〆
26水 NPOと社会経済テスト
31月 卒業制作〆
カレーを12皿分作ってから三日目、
米、うどん、パン(ダブルソフト)、と主食系と組み合わせて食べ、
ようやく鍋の底が見えてきた。
考えてみると一日三食カレーというのは子供のころの夢だった。
それが三日も続くと、かなった夢は急速に色あせる。
便所にいってもカレーが出てくる。
俺はただの筒なのか。
今日で冬休みおわり、学校がはじまる。
卒業がかかった一月の戦いがはじまる。
10時間寝て、ゲームして、ネットして、DVD観て、スロットして、フリー麻雀して、
音楽聴いて歌って、めし食って、漫画読んで、掃除して、洗濯して、卒業制作をする。
新年も四日目となって、時期は過ぎた感があるが初詣出してきた。
ここ三年間は毎年正月に行く神社を変えている。
三島大社、鶴岡八幡宮、寒川神社、と。
というわけで、今年はCMでもおなじみな厄除けの川崎大師に行ってきた。
唖然としたのは神仏がごちゃまぜになっているからだった。
バイクで裏門から入り、見渡してみれば、コンクリの建物、寺みたいなの、仏舎利みたいなの、
神社みたいなの、タイの寺みたいの、もうばらばらだった。
四日目とはいえども、まだまだ人は多く、雑然とした境内をさらにさらにしていた。
出店が多く、般若心経のTシャツ、モーニング娘のカードなど幅広い層に対応していた。
カンタンなテーブルがある出店があったので、
焼きそば、モツ煮、たこやき、などで昼食を済ます。
座っているとなんともここちよくなっている自分がいるのに気がつく。
年始の雑然な中に自分がいると、どんなやつがここにいようと許されるような気がする。
たとえ全裸になっているやつがいようと、芸能人がいようと、喧嘩してるやつがいようと、
それはそれで、「ふ〜ん」と納得できるようなそんな気分。
お正月と川崎大師、大事にしていきたい。
また四年連続大吉の記録は川崎大師に打ち破られ、凶をひいた。
24時ころゆーすけべーから電話。
夕方にちょっと会おうとかいってたのがこんな時間になった。
大船にいるらしく、汐留まで1時間かけて来てくれた。
正月三箇日の二日目の夜中という状況であいている喫茶店を探す。
運良く銀座に5時まであいている喫茶店があったので、
そこでコーヒーをすすりながら石釜のローストチキンとかイカ墨パスタなんかを食べる。
「あけましておめでとうございます」
新年の挨拶、また今後のことなどを2時間ほど話してすっぱり帰るゆーすけべー。
ゆーすけべーの今年の目標は”納得させる”
俺の今年の目標は”A型”
今年もよろしく。
4時ころ就寝し、6時に起床。
キューシートと渡された資料、前日までの反省点、注意点などから
スケジューリングとタスクだしを正確にまとめるという昨日からやっていた作業を完了させる。
やっぱ俺A型だと実感。
7時半チェックアウトをし、戸塚中継所へ向かう。
バスに見慣れない人がいる。
話を聞くと、アナの方からお願いされて、放送席フロアのマネージャーを担当する人らしい。
おぅ。
放送席フロア用にタスクやスケジュールを組んできたのが無に帰した。
が、番組のことを考えれば当然の選択だろう。
ということで、今日は直前番組も戸塚はうつらないので、
フロアでアシスタントの子と選手の確保などタスクは非常に楽だった。
モニター見ながら、ディレクターの方のしゃべりを聞いて、
タイミングの取り方とかマネとかして技を盗むのに終始した。
「1カメさん、はいっっっった」
の”た”のとこで映像がスイッチするとか細かいところが以外に重要なのね。
放送はされなかったけども。
東大の子の松本君のインタビューに、
一年にして動じないしゃべりであたまのよさそうな回答を連発する口と、
今にもはちきれんばかりのパンパンな太ももの対比から、
腹筋は以外に弱いんじゃないかということばかり考えていた。
撤収後、麹町の方で打ち上げ。
お世話になった方々にお礼参り。
戸塚中継所でご一緒させていただいた、
アナの方には叱咤激励の言葉をいただいた。
こころあたたまる。
しかしアナの方の司会はお金をとってもいいくらいおもしろい。
箱根駅伝は全国のネット局から応援に多数の方が駆けつけてくれている。
軽トラで全国まわったときに、日本テレビ系列の局はすべてまわってきたので、
話すと、あの局で働いてるんだとか実感がわいてもえた。
そしてネット局の人すげえ。
人手が足りないからとかで、技術もできるし、制作、演出もできるし、編集もできるひとばかり。
でも規模はちいさいからどうしても特化してのびないっていうのがなやみらしい。
そういう意味でも箱根駅伝は有意義なものなのだね。
宴もたけなわとなり。かえるころには終電がなく。
終電がなくなったらラッキーと思って街を探索するいつものスタイルで、
新宿を歩き回った。
犬のふんと5円とおちゃわんが道に落ちてた。
四時半集合で戸塚中継所へ。
下は40、上は70の低血圧で朝は弱いが、
目覚まし、モーニングコール、隣部屋との起こしあいの三重奏をセット。
逆にこれほど念入りにセットすると、三重奏がなる前に起きてしまう。
なにか保険会社の本質を感じた。
戸塚中継所について、左耳にインカム、右にエアーをつけ、
キューシートでの時間の確認、
直前番組で使う、新聞の裏紙張り、
選手の把握、お話、審判団へのあいさつまわりなど仕事をこなす。
朝一で毎年ここにきているおばあちゃんと話したり、
審判団の委員長と話したりして、
あらためて箱根駅伝には歴史があり、愛されていることを実感。
直前番組の放送が近づくと現場が一気にあわただしくなる。
エアーとディレクターからの指示を聞きながら、アナウンサーの方にキューだし。
やはり、プロは一味違って、リハのときとはまったく違う声の張りを出していた。
すばらしい。プロにもえた。
本番直前、アップしている選手の位置の把握、
各大学の中継所での位置の把握、をしてカメラさんに伝える。
それがすみ、権太坂に選手が差し掛かったところで、放送席に入る。
中継所から双眼鏡で選手を確認して逐一中継車とアナウンサーに伝える。
区間賞をとったモカンバ選手が日本語をしゃべれるのかなど同大学の学生に聞き、
インタビューのセッティング、キューだし。
モカンバ選手の意外な声の高さに笑いをこらえる。
長くなったインタビューに、人生は初の”巻き”のサイン。
無事終了。
いたらなかった点などを、ディレクターの方やアナウンサーの方に聞きに行き、修正。
技術の方、学連の方に挨拶、
お片づけして、ホテルに戻る。
たばこがうまい。
戸塚中継所で前日リハ。
技術さんが寒い中いそいそと仕事をしていて頭が下がる。
アナの方へのキューだしや、ディレクターの指示をフロアへ伝達したり、
仮想ランナーとして走ったりなどめまぐるしくリハが過ぎた。
リハ中の実況が本番よりも非常に人間味を帯びていておもしろい。
バラエティ派としてはこれ流せばいいのにと思うくらい、
プロが戦場で交わすジョークはおもしろい。
仮想ランナーは仮装ランナーになって走った。
今年惜しくも出場できなかった東京農業大学のゼッケンをつけて、
パペットマペットの格好で、かえるさんを豚さんにかえて、
牛さん、豚さんを両手に戸塚中継所へと100〜200mくらい走った。
お正月から道行く人や、車中の人に指を指さるのは、
とてもいい気分だった。
明日はいよいよ箱根駅伝往路がスタートする。
テンションをあげるために、日テレ前で今おさる改め、
もんきっきーが氷の中で一人我慢大会をしているのでそれを見に行ってきます。
