哲学的: 2004年5月アーカイブ

その人なりの愛情表現ってあるじゃないですか。
やれ髭をこすりつけたり、
やれ肌をさすったり、
やれ贈り物をあげたり。
そういうことがどれもチープに感じる時がある。
よく欧米人は言葉に出して愛情を確認するという話を聞くけども、
昔からの日本人ってなんともいえない間だったり、
ことばの端々から愛情を確認しあうことがあるという。
そういうのすらチープに感じる時がある。
どれくらい相手を愛しているかということを、
言葉にするということがチープに感じる時がある。
「こんなもんじゃないんだけどな」と。

どれくらい好きか?という質問に対して、
「お前をもうぐっちゃぐっちゃにして丸めて、砲丸投げで外に投げ飛ばすくらい好き」
という解答が近い気がするのだけれども、やっぱりチープだ。
言葉では解決できない気がする。
こういうところから悲しい喜劇が生まれてきそうな気がするので、
大切にとっておこうとおもい、覚書。

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